1996年のピンボール。

NOHALAのギタボ。RAYのブログ。

Project Mayhem ブラッドピッド的なやーつ。

RAYです。7日はライブでした。

来てくれた方々ありがとうございました。

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セットリスト

1. そぞろ歩き

2. フォーリンラブ

3. 透明怪人

4. 花束と花火 (NOHALA)

5. Apology (JACKASS)

 

RAYとしての初ライブでしかも弾語りだったからかなーり不安はあったけど、楽しく出来た。

フロアのみんなも暖かかった。ほとんどお喋りしながらライブしている感覚だったかな。弾語りってそういうところに良さがありますよね。某まさよしさんみたいにダラダラ喋るのはNGと心得てはおりますが、、

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↑ボケーっとしている僕。

MCでボーカルの愛染92式氏に直で確認してしまったけれど、やはりProject Mayhemはあの伝説の映画「ファイトクラブ」から取られたもので、僕もすんごい好きな映画の一つ。

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過去に勝手に発表していた。。

 

僕もライブ中のMCでまさかのネタバレしてしまったけれども()

主人公はもう1人の自分が見えてて具現化してしまっている多重人格者で。統合失調症的なんだけど、それがド派手にイっちゃってる〜て感じになってると言えば良いか。

まあとにかくもう1人の自分が地下喧嘩サークルを立ち上げて後にそれをカルト組織へと仕立て上げ「物質主義•資本主義へのアンチテーゼ」を旗印に作戦「Project Mayhem」を遂行。そして金融機関のビルを丸ごと爆破して世界を滅茶苦茶にしてしまうというまた中二病心を大くすぐりされる素晴らしい映画。

 

日曜日に7日のことを思い出しながら久しぶりに観てみたら、やはり危ねえなこの映画と。

高校時代に初めて観て、恐らく自分の人生の方向性の転換の一つとなった作品。大体1枚のアルバムの積み重なりで僕の人生は出来ているんだけれども時たまに小説や映画からもっと直接的なアイデンティティを授けられる時もある。

僕は今それを音という形で放出しているんだけれども映画や小説と比べればそれはとても湾曲していると思えるし、もっとも直接世界を変えたければボランティアでもやるか、自民党にでも政治団体にでも入るか。大企業にでも入った方がよっぽど良いだろうし。まあ僕はエリートコースからは早々に落ちこぼれて行った訳だしどちらかと言えば捻くれているからちっぽけな人間として世の中を静観しているフリをしながら実は自分との対話を延々と繰り返しているだけだ。

そう。僕。拗らせちゃってるの。

未だに自分の殻を全く抜け出していない。

だからファイトクラブは僕にとって危ねえ映画なのだ。刷り込みすぎて仮に僕の頭にもブラッドピッドが生まれてしまったら大変だ。もし他責的で怠惰なブラッドピッドなら僕はたちまち街中にいる無敵の人に成り下がるだろうと常々注意している。

曲がった自己愛の行き着く先は他者への攻撃的行動だ。

そういった点をファイトクラブは内省的だった閉鎖的なサークルが破壊的活動を行うカルト組織への変貌という姿で上手く描写している。20年前の映画なのに。

 

今に始まった話ではないが、、それでも今は特に男も女も関係なく弱者やら貧困やら何やらあーだこーだうるせえノイズが可視化しやすくなっている。とにかく僕には世の中の怒りの声がひしひしと伝わってくる。

 

他人と比べることのみを自分の価値として生きる事ほど愚かしいことはないが、あまりに独りよがりだと何処かで問題は生じる。

努力を忘れずに自分の中の価値観と世の中の価値観を擦り合わせながらくだばるまで綱渡りを演じるしかないのだ。別に悲観はしていない。

僕は曲を書く事で僕と僕の中のブラッドピッド的なやつと外の世界とを繋げて自分の価値観を保っている。

渋谷サイクロンのライブはそんなことを改めた考えさせられた良い日だった。

 

「お前には後ろから刺されたことがあるし
俺の大切なものを壊されたこともある。
それでも何とかしようと向かい合ってきた。
俺はそれを愛と定義したんだ。」

 

自己愛についてのメモ。

 

RAY