僕はギターソロを弾けないギタリストだ。
そして僕は全員嫌いだ。
昨晩お巡りさんに職質された。
「右手にスマホ。左手にタバコ。それで自転車。よしてくれよ、昭和のヤンキーじゃないんだから。君いくつ?」
「23です。」
「まだ学生さんか?これから薔薇色の人生だってのにしっかりしないとダメじゃないか」
「はい、すみません。」
よしてほしいのはこっちの方だ、お巡りさん。意地悪な冗談だ。
薔薇色の日々だったかなんて歳食ってからしか分からない。言葉で分かってても、理屈で分かってても、まだ僕には分かりっこない。虫ケラにも悩みはある。
僕は倉庫で働いている。アルバイトで必要以上に人と関わりたくないから。
休憩中。倉庫のおっさんが寄ってくる。
職場の愚痴とパチンコの話。いつも通りのドン底にいる妙な安心感。
「君いくつだ?」
「23です。」
「もしかしてバンドやってるの?」
「まあ、やってますね。」
「私も昔メロコアやっててね。若いうちは好きなことやった方が良いに決まってる。男の子なんだからやんちゃなくらいが丁度いいんだ。今が一番楽しいだろう?」
「はは。そうっすね。」
19か20の夏に書いた曲。
「行き止まりの夏。悪酔いを抱えて。夜の海岸に立つ。風の歌を聴こうとした。」
大好きな村上春樹の小説の題名から盛大にモジった。
まだ若さすら分からなかっただろう僕が若さゆえの閉塞感に憧れて書き殴った。
それから数年。
未だに大切にその曲を歌っている。
そしてまた行き止まりの夏がやってくる。
もう一つ春樹の小説から大好きなフレーズを盛大にモジる。
「話せば長いことだが、僕は23歳になる。まだ充分に若くはあるが、以前ほど若くはない。もしそれが気に入らなければ、日曜の朝に109ビルの屋上から飛び下りる以外に手はない。」
今なら昔よりは真顔で言っても格好つくかもしれない(絶対に寒い)。
でもこれは本当に一瞬。一瞬しか許されない残酷なセリフだ。
でも。
満たされないことは何よりも幸せだ。遠い目をして他人に説教せずに済むから。
ギターソロについて。
昔ギターを始めたての頃。ギターを習っていた。講師はプログレオタクの中年。僕はセックスピストルズのステッカーを貼った多分一万円くらいのストラトを持っていた。
最悪の組み合わせだ。梅干しとウナギくらい。
初対面で講師はステッカーを指差して、
「私も昔はそれ。耳が破けるほど聴いたよ。でも知っていたかい?楽器のレコーディングは全部替え玉。雇われのハードロックミュージシャンがしっかり弾いてるのさ。」
講師はとても良い人だった。どうしようもなく偏屈なところを除けば。
教え方もお世辞にも上手いとは言えなかった。ただ、黙って聞けと言ってから気持ちよさように弾くフレーズを聴かされるだけ。
何となく悔しいから練習した。
多少は上手くなった。彼のおかげでジャズのコードも多少は弾ける。でもギターソロだけは手がつかなかった。
「君のソロには歌心がないよ。本当に上手くなりたいという気概を感じない。」
Anarchy In The UKのイントロ。掻き鳴らされるパワーコード。初めて聴いた時から自分には世界中の何処を探してもそれを超すギターサウンドが見つからないように思えた。
仲は悪くないからレッスンを終えたら2人でハードオフのオーディオコーナーにあるコーヒーをせびりに行った。
講師のおじさんのマシンガントーク。
政治の悪口。宗教の悪口。小津安二郎の映画の何が素晴らしいか。
一字一句漏らさず聞いている。フリをしていた。
「君のような若者には、社会のために歌ってほしいんだ。これから世界が秋元に征服されないように。」
「そんなに技術を拒むのならACDCだけはしっかり聴きなさい。それに君はパンクだろう。パンクは琵琶法師だ。社会を勉強しないとダメだ。」
いつもそう言われた。
申し訳ないが、今も新聞は読まないし。社会に向けて書いた歌はいつも空回りする。小さな小さなスケールでの自分とそれ以外。いつもそんな曲ばかり書いてる。
気休めにライブの転換で音出しする際はACDCのBack In Blackを弾いてる。
彼は何となく僕の理解者だった気がするから。
一回ライブにも呼んで見てもらった。
アドバイスを聞こうとしたらただ一言。
「ライブなんてイェ〜イってやればいいんだよ。そんなことよりも私にはあそこは若すぎたなあ、、もっと酒が美味ければねぇ」
前言撤回。嫌いだ。
RAY
AC/DC - Back In Black (Official Music Video) - YouTube
The Sex Pistols - Anarchy In The U.K (official video) - YouTube
https://www.amazon.co.jp/風の歌を聴け-講談社文庫-村上-春樹/dp/4062748703